東京高等裁判所 平成12年(ネ)1447号 判決
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
主文同旨
第二事案の概要
本件は、別紙物件目録一及び二記載の土地(以下それぞれ「本件土地一」、「本件土地二」という。)を所有する被控訴人が、本件土地一上にある同目録三記載の建物(以下「本件建物三」という。)及び本件土地二上にある同目録四記載の建物(以下「本件建物」という。)は、被控訴人の四男である石橋小四郎(平成九年一〇月二六日死亡。以下「小四郎」という。)が被控訴人に無断で建築したものであると主張し、小四郎の妻であり本件建物三、四を相続により取得した控訴人に対し、所有権に基づき、建物収去土地明渡しを求めたところ、控訴人が、明示又は黙示の使用貸借、あるいは、地上権の設定など占有権限の存在を主張した事案である。原判決は、本件土地一、二の占有権限に係る控訴人の主張を排斥して被控訴人の請求を認容したことから、控訴人が控訴を提起したものである。
一 争いのない事実
1 被控訴人及び控訴人の身分関係は、別紙1のとおりである。
2 被控訴人は、本件土地一、二を所有している。
3 控訴人は、本件建物三、四を所有し、本件土地一、二を占有している。本件建物三、四は、披控訴人の四男であり控訴人の夫である小四郎が建築したものであるが、平成九年一〇月二六日に小四郎が死亡したことから、控訴人が相続により単独で所有権を取得した。
4 本件土地一、二周辺の被控訴人所有地の位置関係は、概ね別紙2のとおりであり、被控訴人の長男石橋誠(昭和六一年一二月死亡。以下「誠」という。)の二男英樹(以下「英樹」という。)及び三男典明(以下「典明」という。)は、被控訴人の承諾を得て、本件土地一、二に近接する二八番一〇、一一、二八番四、五の土地上に建物を建築し、これらを敷地又は駐車場として使用している。
二 争点に係る控訴人の主張
1 事実関係の概要
(一) 本件土地一、二は、被控訴人が取得した昭和四二年八月当時は山林であり、これを宅地造成したものであるが、右の宅地造成に当たってすべての交渉や手続をしたのは小四郎であり、被控訴人は、小四郎に対し、「いずれこの土地は子供たちのものになるんだからひと働きしてよ。」と言って右宅地造成に関する交渉、手続等をすることを依頼した。また、被控訴人は、所有する他の土地を千葉市に売却し、売買代金が入金されるに当たり、その手続のため自己の実印、通帳、銀行の届出印等を小四郎に預けるなど、小四郎を深く信頼していた。
(二) 本件土地一、二に近接する二八番一〇の土地に英樹が建物を建築するのを知った小四郎は、平成六年六月初めころ、千葉市内のパシフィックホテルにおいて、千葉大病院や千葉市立病院に通院していた被控訴人に対し、「英樹が建てるんだったら、おふくろ、俺も建てていいかい。」と言い、被控訴人から本件土地一、二に居宅を建築することの承諾を得たものであり、右の席には控訴人も同席しており、右の承諾は、小四郎及び控訴人に対してされた。
(三) 被控訴人は、通院のため千葉市に来訪するごとに、小四郎及び控訴人の世話になっており、控訴人から本件土地一、二上の建物の建築状況を聞くこともあったが、一切異議を述べず、建物が完成した後には泊まりに来ることまで了解していた。
(四) 本件土地一、二に近接する二八番一、一二は、被控訴人の二男辰之助(以下「辰之助」という。)が使用し、二八番一の土地上に被控訴人名義の建物を建て、二八番一二の土地の一部に倉庫を建て、残りを畑として使用していた。右の建物を建築したミサワセラミックホーム株式会社(以下「ミサワセラミックホーム」という。)との交渉の窓口は、被控訴人や辰之助の依頼により小四郎が担当し、被控訴人は、辰之助が平成八年六月に死亡した後も、その遺品の管理や建物・倉庫の掃除等を小四郎に依頼し、小四郎がこれを行った。
(五) 被控訴人は、本件建物三、四が完成した後、小四郎の存命中は本件土地一、二の明渡しを求めたことはなかった。
2 法律上の主張
(一) 使用貸借の成立(その1)
平成六年六月初めころ、被控訴人と小四郎の間において、また、小四郎が死亡した場合を仮定して被控訴人と控訴人の間において、本件土地一、二上に小四郎又は控訴人が建物を建築し、本件土地一、二を無償で使用させる旨の建物所有を目的とする使用貸借契約(期間は建物が存続している間)を締結した。
(二) 地上権の設定
被控訴人は、小四郎に対し、本件土地一、二に建物所有のための地上権を設定した。控訴人は、小四郎の死亡により、右の地上権を相続により承継した。
(三) 使用貸借の成立(その2)
被控訴人は、平成六年六月初めころ、明示的に、又は、その後の事情により黙示的に、小四郎との間において、本件土地一、二につき建物所有を目的とする使用貸借契約を締結した。右使用貸借契約は、借主である小四郎が死亡しても当然には終了せず、本件建物三、四が存続し、その使用が継続している間は終了しない(民法五九九条の適用はない。)。なぜなら、土地に関する使用貸借がその敷地上に建物を所有することを目的としている場合には、当事者間の個人的要素以上に敷地上の建物所有の目的が重視されるべきであって、特段の事情のない限り、建物所有の用途に従いその使用を終えたときに返還時期が到来するものと解するのが相当だからである。
三 主要な争点
本件の主要な争点は、本件土地一、二について控訴人が利用権を有しているか否か、すなわち、被控訴人は、小四郎ないし控訴人に対し、本件土地一、二について建物所有を目的とする使用借権又は地上権を設定したと認められるか否かである。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所は、本件全資料を検討した結果、控訴人は、本件土地一、二につき、建物所有を目的とする使用借権を有すると認めるのが相当であるから、被控訴人の請求はいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
1 控訴人は、平成六年ころ、控訴人が小四郎と共にパシフィックホテルに宿泊していた被控訴人と話をした際、英樹が二八番一〇の土地上に建物を建てることを知った小四郎は、被控訴人に対し、「英樹が建てるなら俺が建ててもいいだろう。」と言ったところ、被控訴人が、「あいよ。」と言って小四郎と控訴人に承諾の意向を伝えたこと、その後も、被控訴人は、通院の送迎の際、控訴人に対し、「どういう家建てたの。」と聴き、控訴人が「平家ですけどちっちゃな家建ちましたよ。日当たりもいいし、お母さんも一回泊まりに来たら。」と述べたのに対し、「ああ、そうね。」と答えたと供述している(乙七、控訴人本人)。これに対し、被控訴人は、小四郎ないし控訴人が本件土地一、二に建物を建てることを承諾したことは一切ないと述べている(甲七の1、被控訴人本人)。そこで、いずれの供述を採用すべきかを検討することになるが、以下の(一)ないし(五)のとおり、控訴人の供述を採用するのが相当である。
(一) 被控訴人は、甲七の1の陳述書を作成し、あるいは、原審において本人尋問を行った当時、既に八二歳の高齢であり、陳述書に辛うじて自分の氏名を記載することはできたものの、本文まで記載できる状態ではなかった。また、被控訴人は、本人尋問においても、印鑑登録証明書を取ったか否か、自己名義の登記済権利証(乙一〇)が控訴人の手元にある理由、自分の現在の住所、病院に行くのに控訴人の送迎を受けたかなどについて明確な記憶がなく、小四郎に自己の実印、印鑑のカード、銀行の届出印、通帳を渡した経緯やその返還を求めた状況について、預けたわけではないがそのまま小四郎に取られてしまった、返してくれと言っても返してくれなかったなどと曖昧かつ不自然な答えに終始している。以上の点を考慮すると、被控訴人の供述の信用性は低いといわざるを得ない。他方、控訴人の供述には、後記(二)以下の認定に照らしても、特に不自然不合理な点を見いだすことはできない。
(二) 証拠(乙七、一四、一五、二〇、二二、証人井出憲三、控訴人及び被控訴人本人)によれば、被控訴人は、小四郎を信頼し、当初山林であった本件土地一、二を含む別紙2の各土地の区画整理や造成の手続を小四郎に委ねたこと、二八番一の土地に被控訴人名義の建物を建築し、小四郎に依頼されて本件建物三、四を建築したミサワセラミックホームの井出憲三は、打合せのため小四郎宅を訪ねた際、居合わせた被控訴人から、小四郎が被控訴人の財産を管理しているというニュアンスの話を聞いたこと、被控訴人は、千葉市内の自己所有地を千葉市に売却した際、千葉市が株式会社千葉銀行長洲支店に代金を振り込んだこととの関係で、自己の実印、印鑑のカード、預金通帳、銀行の届出印を控訴人あるいは小四郎に預けたこと(被控訴人は、預けたわけではないがそのまま小四郎に取られてしまったなどと供述しているが、極めて曖昧かつ不自然であるから、右の供述を採用することはできない。)、さらに、被控訴人は、千葉大病院や千葉市立病院に通院するためパシフィックホテルに宿泊していたが、その際には、控訴人が被控訴人を車椅子に乗せるなどして、病院への送迎や買い物に付き添い、被控訴人が印鑑登録証明書を取りに行く時も自動車に乗せて連れて行ったこと、このように、小四郎及び控訴人と被控訴人の関係は非常に親密であったことが認められる。
以上のような被控訴人と小四郎及び控訴人の親密な関係に照らすと、別紙2の一団の土地の管理を事実上被控訴人から委ねられていた小四郎は、平成六年ころ、被控訴人に対し、英樹が二八番一〇に居宅を建築することを知り(乙五によれば、右居宅の登記簿上の新築年月日は、平成六年六月一五日であることが認められる。)、自分にも居宅を建てさせて欲しいとの希望を述べたのに対し、被控訴人が、英樹に自己の所有する土地の利用及び建物の建築を容認していながら、小四郎の居宅を建てさせて欲しいとの希望をあえて拒絶したとは到底考えられない。
(三) 証拠(甲三、四、七の2、八の1ないし3、九の1、2、一〇の2、乙八の1ないし3、九の1ないし3)によれば、平成七年九月二二日と同月二五日、被控訴人の住宅を本件土地一、二上に建築する旨の建築確認申請がされ、同年一〇月四日及び一一日付けで建築主事から確認通知があったこと、本件建物三、四が建築された後である平成九年九月一〇日、被控訴人の名義で、真正な所有者は小四郎である旨の被控訴人の実印が押捺された上申書(以下「本件上申書」という。)が、被控訴人の印鑑登録証明書と共に、千葉地方法務局千葉東出張所に提出されたこと、そして、本件建物三、四につき、小四郎を所有者とする表示登記がされ、さらに、小四郎の死後、控訴人を権利者とする所有権保存登記がされたことが認められる。被控訴人は、自己の名義で本件建物三、四の建築確認申請がされたこと、本件土地一、二上に本件建物三、四が建てられたことを全く知らなかったと述べているが、本件上申書には、被控訴人の実印が押捺されているから、被控訴人の意思に基づき作成されたことが推定されるし、しかも、被控訴人の印鑑登録証明書と共に法務局に提出されているのであるから、被控訴人が、本件土地一、二に本件建物三、四が建築されたことを全く知らなかったということはできない。これに対し、被控訴人は、右の確認申請書や本件上申書は偽造されたものであると主張しているが、被控訴人と同居していない小四郎が、被控訴人に無断で実印等を持ち出して右の書類を作成したとは考えられない。また、前記(二)のとおり、小四郎が控訴人から一時預かった実印等を用いて右の書類を作成した可能性を否定することはできないが、小四郎及び控訴人と被控訴人の当時の親密な関係に照らすと、控訴人が被控訴人の意に反し、無断で右の実印等を使用して被控訴人名義の書類を偽造したとも考え難い。
加えて、当初は被控訴人名義で建築確認申請がされたのに、本件建物三、四が建築された後になってから、本件上申書が提出され、その所有者が小四郎に変更されているが、証人井出憲三の証言によれば、建築資金の出所いかんによっては贈与と見られてしまうため、表示登記の段階で名義を変更することはしばしばあることが認められるから、本件上申書による本件建物三、四の名義変更につき、格別不自然不合理な点はないというべきである。
以上の認定によれば、被控訴人は、小四郎が本件土地一、二の上に本件建物三、四を建築すること及びその名義を小四郎にすることを承諾していた可能性が高い。
(四) 証拠(乙二〇、証人井出憲三)及び弁論の全趣旨によれば、小四郎は、本件土地一、二だけでなく隣接する二八番四、五を合わせた四区画に建物を建築することを計画し、ミサワセラミックホームの井出憲三に対し、本件土地一に本件建物三を建築し、本件土地二と二八番四、五の整地及び外構工事等を依頼したこと、そこで、井出憲三は、整地に着手したが、誠の子から、「二八番四と二八番五は本町で使うものだから、すぐ元に戻してくれ。」と言われ、小四郎に相談したところ、元に戻すよう言われ、結局、二八番四、五の土地を整地しなかったこと、その後の本件土地一、二の整地及び本件建物三、四の建築については、工事中特段の異議が出されることはなかったことが認められる。
この事実によれば、誠の子を初めとする親族は、少なくとも、小四郎が本件土地一、二を整地し、そこに本件建物三、四を建築することを知っていたものの、特に異議を述べなかったことになるから、被控訴人も、右の事実を知り、そのことに異議を述べなかったということができる。
(五) 証拠(甲五の1、2、乙七、一五、一七、控訴人本人)によれば、控訴人は、小四郎が死亡するまでは、週末になると本件建物三、四に泊まりに行っていたこと、控訴人は、本件建物四に冷蔵庫、洗濯機、ベッド、座卓、カーペット、寝具一式を置き、現在も電気代を支払っており、本件建物三には家財道具を置いていないが、定期的に掃除に行っていたこと、ところが、小四郎が死亡した後間もなく、「地主」との表示で「許可なく立ち入りを禁ずる」旨の立て札が立てられたため、控訴人は、宿泊や掃除のため本件建物三、四に入ることができなくなったこと、被控訴人は、小四郎が死亡した後、本件建物三、四は小四郎が無断で建築したと主張するようになったことが認められる。このように、小四郎が死亡するまで、小四郎及び控訴人が本件建物三、四を使用することに異議が述べられていなかったことは、被控訴人が、小四郎及び控訴人に対し、本件建物三、四を本件土地一、二に建築し敷地として利用することを承諾していたことを窺わせる事実に当たる。
2 以上の認定、説示したところを総合すると、小四郎は、英樹が被控訴人の承諾を得て二八番一〇の土地上に建物を建てた平成六年ころ、ホテルパシフィックにおいて、被控訴人に対し、英樹と同様に被控訴人が所有する土地に居宅を建築することの承諾を求めたところ、被控訴人は、その場にいた小四郎及び控訴人に対し、右居宅の建築を承諾し、いったん本件土地一、二に被控訴人名義で小四郎の住宅を建築する旨の建築確認申請をしたが、本件建物三、四が完成した後、その所有名義を小四郎に変更する旨の本件上申書を作成し、提出したことが認められ、この事実によれば、被控訴人は、小四郎及び控訴人が、本件土地一、二を居宅の敷地として無償で使用することを承諾していたと推認することができる。
なお、小四郎に対するだけでなく、病院への送迎、買い物の付添いなど被控訴人の世話をしていた控訴人に対する被控訴人の信頼も同様に厚かったことが認められるところ、被控訴人は、本件土地一、二上に小四郎が居宅を建築することを承諾する以上、その妻である控訴人にも本件土地一、二を居宅の敷地として使用することを承諾していたと見るのが自然であるし、現に、パシフィックホテルにおける被控訴人の承諾は、その場にいた小四郎と控訴人の両者に向けられたものであるから、被控訴人は、主に小四郎に対し、居宅を建築して本件土地一、二を無償で使用することを承諾したのみならず、控訴人に対しても、同様の承諾を与えたと認めるのが相当である。したがって、被控訴人は、小四郎及び控訴人と、本件土地一、二につき、建物所有を目的とする使用貸借契約を締結したと解すべきである(右の承諾は、あくまで親密な親子関係を基礎としたものであるから、地上権を設定したとまで解することはできない。)。
よって、控訴人は、本件土地一、二につき、本件建物三、四の所有を目的とする使用借権を有していることになるが、被控訴人は、有効に成立した右の使用貸借契約の終了事由を一切主張していないから、本件土地一、二の所有権に基づく被控訴人の控訴人に対する建物収去土地明渡請求は理由がない。
二 結論
以上のように、被控訴人の請求を認容した原判決は不当であるから、これを取り消した上、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 小林正 裁判官 萩原秀紀)
物件目録
一 所在 千葉市緑区あすみが丘四丁目
地番 二八番二
地目 宅地
地積 二一三・八九平方メートル
二 所在 千葉市緑区あすみが丘四丁目
地番 二八番三
地目 宅地
地積 二一四・〇三平方メートル
三 所在 千葉市緑区あすみが丘四丁目二八番地二
家屋番号 二八番二
種類 居宅
構造 軽量鉄骨造スレート葺二階建
床面積 一階 二八・二三平方メートル
二階 二八・二三平方メートル
四 所在 千葉市緑区あすみが丘四丁目二八番地三
家屋番号 二八番三
種類 居宅
構造 木造スレート葺平家建
床面積 四九・六八平方メートル
別紙1・2<省略>